2022.04.01

博士論文 審査結果の概要、本人による執筆後の感想

小森直美「訪問看護師の看護実践能力の向上を目指す継続教育に関する研究」

<審査結果の要旨>

本提出論文は、訪問看護師の継続教育に関する現実的課題を解決し、看護実践能力の向上に資する継続教育は如何なる方策が導き出されるのかの解明を目的としている。この目的に迫るために、以下の課題意識に基づいて論究されたものである。

(1)日本の訪問看護事業所に従事する訪問看護師の特質とは何か。
(2)看護実践能力が向上した訪問看護師とは如何なる訪問看護師像か。
(3)訪問看護師の共同体とそれに基づく継続教育は如何にあり得るか。
(4)訪問看護師の継続教育に関わる現実的課題を解決し、且つ、看護実践能力を育むことができる能動的な学びを支える教育方法とは如何なるものか。

これらの課題意識を解明し、訪問看護師の継続教育を実証的に論述するために、本研究は2部構成となっている。第一部は、内外の訪問看護師の継続教育に関する看護研究論文や資料を渉猟するとともに、訪問看護師を対象に質的、量的に調査、分析することによって、継続教育に関する現実的課題を解明している。さらに、これらの分析結果から、現実的課題を解決する新たな継続教育の方策について言及している。第二部では、一部で解明した新たな継続教育の方策を、医療依存度の高い患者の看護を担う訪問看護師を対象に、実証、評価、考察している。この研究結果は、4つに要約することができる。

第一に、訪問看護師の特質とは、派出看護婦を起源に、疾病や障害、後遺症、さらには急性期、慢性期、終末期に関わらず、加療を必要とする乳児から高齢者までの全ての患者が、安心して療養生活が送れるよう、主治医の訪問看護指示書を受けて、患者の居宅にひとり赴いて看護を提供するというものである。それは訪問看護師が患者、家族の生活とともにあることを示すとともに、訪問看護師が家庭医の一端を担うという重責を引き受け、医師や他職種らと連携、協働し、地域社会で看護活動を行う者であるという特質も、持ち合わせていることを明らかにしている。
第二に、看護実践能力が向上した訪問看護師とは、主治医と協働しながら、自らの倫理観に従って自己決定の裁量を見窮め、自らの意志に基づく自由と業務上の制限が理解できる看護師でなければならないと論述している。すなわち訪問看護師は、訪問看護の事象や自らを客観的に見ることができる看護師でなければならず、体系的かつ科学的な知識や技術と、能動的に学ぶことができる自律した訪問看護師でなければならないと言及している。
第三に、訪問看護師の共同体とそれに基づく継続教育は、訪問看護師自身の力だけでは成し得ることができないものを、訪問看護師同士の支え合い、学び合う共同体によって可能にすると述べている。経験をより科学的な知の体系に成長させるには、他訪問看護事業所の訪問看護師から学ぶという意識の改革が必要であり、それには看護実践のなかで共に成長することを可能にする、訪問看護師の共同体が必要であると言及している。第四に、自律した訪問看護師を育むための訪問看護師の継続教育の方策は、訪問看護師らで患者、家族の気持ちを推察する、次に患者、家族の強みを探す、そして課題解決策を話し合うというものである。これは事象を客観的に捉えなおすということであって、視点を転換することにあった。この訪問看護実践の意味づけは、受動的な学びから能動的な学びへと転換させる方法であり、医学的な知識や技術などの体系的な学びと、経験知を科学的な知識や技術に変える系統的な知の体系を合わせもち、訪問看護の事象や自らを客観的に見て考察できる力を育むことができるものであった。この看護実践能力の向上を目指す継続教育の理論的枠組みは、ノールズの「成人教育」を用い、この成人教育を看護に応用する際、看護界でよく用いられているデューイとショーンの理論を用いて安酸が開発した「経験型実習教育」を基盤に、新たに訪問看護師の継続教育へと発展させたものであった。実際に、この継続教育を受けた訪問看護師らを対象に、受講前と受講後の看護実践能力を測定した結果、看護実践能力の向上傾向がみられている。また野中のSECIモデルにも当てはまると考察している。

この研究は、先行研究には見られない著者独自の新たな方策であり、それは訪問看護師の継続教育の地平を拓くものと評価できる。著者の研究成果は、日本看護科学学会、日本保健医療行動科学会等において論考を掲載していることや、文部科学省科学研究費助成事業の報告書執筆、および国際学会での報告など、多数の論考を発表していることから、論文博士を提出するに値する十分な業績を有していると判断した。

本研究は、訪問看護師の自律を目指す継続教育によって、訪問看護師を社会的に認知させ、看護教育の確立に繋ぐものであった。また、療養生活を営む人々をどのように見つめるのか、どのようにして経験から知を生成し、実践の中から価値を生みだし、具体的な技術として展開するのか、そしてこのことが社会の中でどのように位置づけられるのかを、訪問看護師自身が認知し、語り合う営みを扱ったものであり、訪問看護師の継続教育において十分な意義をもたらしている。

 

<本人による執筆後の感想>

「あなたの書く文章は稚拙で博士論文に値しない」と言われて、課程博士を諦め12年の月日が過ぎても、訪問看護師の継続教育の課題を解決したいという気持ちは諦めることができず、今から4年前に勝山先生にご指導をお願いしました。それからというもの、指導を受けては書き直し、調べては書き直しのつらい日々で、自分の仕事とも相まって、くじけそうになることも度々でした。途中、投げ出したこともあります。

そのような中、私を支えてくれたのは、勝山先生をはじめ高妻先生、藤田先生、岡先生、添田先生等々が、さまざまなことを教えてくださったことです。学ぶということは、こんなに楽しいことなのだと改めて教えていただきました。先生方は、本当に厳しく、温かかったです。先生方がいらっしゃらなかったら、論文は出来上がっていなかったと思います。そして夜遅くに届く勝山先生の指導や助言、いつまでにここまで仕上げて見てもらうという、約束の伴走がなかったら、走りきれていなかったと思います。教育・臨床心理専攻の先生方は最高!です。今振り返って思うことは、つらかったけど楽しかった!です。  小森直美